citta' di colore

“The Power of Landscape & Color”

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“mission in life”

遣唐使についてです。

遣唐使について、漠然と知っている方は、
とても多いと思います。
歴史嫌いでない限りは、通常は、
ご存知だと思います。

もちろん、歴史好きの僕も、知ってはいました。

『大遣唐使展』を鑑賞しました。








遣唐使って、やはり命懸けだったわけです。

生きて、無事に唐に渡ることが、
大変困難だったわけです。

すなわち、無事に唐に辿り着けたら、
運が良かった、と思わなければならないほど
だったわけです。

もっと言えば、遣唐使として、唐に渡るということは、
死を覚悟せざるを得なかったわけです。

無事に辿り着けたとしても、
無事に帰ってくることができる可能性も、
低かったわけです。

無事だったとしても、船酔いがひどかったわけです。

基本、今の船よりも小さいし、
性能も良くなかったわけです。



何のために、唐に渡ったのでしょう。



国家としては、意義深いことであったわけですが、
個人で考えてみれば、
別に自分でなくてもよかったわけです。

唐に渡るという行為は、
生存率が極めて低い行為だったわけです。

そして自分でなくても、別によかったわけです。



それでも、あなたは、唐に渡る勇気がありますか。

唐に渡る必然性を、あなた自身は見出すことができますか。

自分が唐に渡る必然性を、
あなた自身は見出すことが、できますか。



唐に渡る際、国は、遣唐使に対して、
大金を持たせました。
その大金を使い、仏教の経典など、
国のために購入したそうです。
いつか日本に戻る日が来ることを夢見て。

日本に戻れるかどうかわからないのに、
戻れる日が来ることを夢見て、
購入したそうです。

生きて戻れる可能性が極めて低いのに、
戻れる日が来ることを夢見て、
購入したそうです。

途中で難破し、海中に沈んでしまう可能性が高いのに、
戻れる日が来ることを夢見て、
購入したそうです。



生きて戻れるかどうかわからないのに、
勉学に励んだそうです。

生きて戻れない可能性が高いのに、
勉学に励んだそうです。



これらのこと。
すべては、国家・国民のために。

彼らは、命懸けだったわけです。
というか、命を懸けて、国家・国民のために
頑張ったわけです。



今の政治家や官僚連中。
彼らの口から、「国家・国民のため」「天下国家のため」
なんて台詞が出てきますが、
軽々しく口にしてほしくない。
そう思うのは、私だけでしょうか。




奈良国立博物館を出ました。

ホテルに帰る際、奈良駅に立ち寄り、
何気に観光パンフレットを見ていました。

すると、鑑真和上坐像が、期間限定で
特別公開されるとの記事がありました。
鑑真といえば、日本に渡る際、
何度も失敗し、失明をしてもなお、
渡日された中国の高僧。
このことも、普通の人なら、
ご存知のことですね。

期間は、毎年6月5日から7日までの3日間のみ。
パンフを見たこの日は、6月4日。
思いがけず、チャンスでした。

じつは今回の奈良旅行。
もう一つの目的は、キトラ古墳の壁画の特別公開の鑑賞でした。
この時期に行ったのは、その公開に合わせた結果だったのです。

でも、先ほど見てきた遣唐使に、
とても強い影響を受けていました。

“人生における使命”というものに。



遣唐使は、凄い。

そして。
その危険な目に何度も遭遇しながら、
何度も渡日を決行した鑑真は、
もっと凄い。

一度危険な目に遭ったら、
もうそのような危険を冒さないようにするのが、
通常でしょう。

一度死にそうになったら、
二度目にチャレンジすることは、ないでしょう。

さらに、失明までしたわけです。

なおさら、チャレンジしないでしょう。



これらの常識を覆して、渡日を決行し、
そしてそれを果たしたのが、
鑑真和上なのです。

鑑真和上は、己のためではなく、
自国民のためでもなく、
私たち、日本人のために、
失明してまで、渡日を果たしてくれました。



そのように考え始めると、当時の状況が
リアルに思えてきました。



この時点で、
翌日のスケジュールを、変更していました。



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