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“The Power of Landscape & Color”

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天平の甍




ということで、

唐招提寺に、行って来ました。





この日は、朝からとても暑い一日でした。
6月5日なのに、30度を超えていました。
唐招提寺に行くまでの道が、大渋滞。
それは、唐招提寺に向かうマイカーが原因でした。
僕はバスで向かいましたが、
全く進まないことに、疲れました。


やっとの思いで唐招提寺に着いたら、
今度は大行列。
2時間ぐらいは並んだと思います。
なんせ、今日は、開山忌初日。
暑い中、我慢を重ねました。


そして、やっと鑑真和上坐像が安置されている御影堂に、
着きました。




中に入ると、2列に分かれます。
一つは、鑑真和上坐像を拝みながらご焼香ができる列で、
もう一つは、後ろから鑑真和上坐像を拝む列です。

僕は、迷わずご焼香ができる列に並びました。
ちなみに、館の内部は、撮影禁止です。



長い時間をかけて、やっと拝むことができました。
目の前には、鑑真和上坐像。
国宝ですが、そういうことは関係なしに、
迫力と言いますか、その雰囲気に圧倒されました。
威厳と言いますか、厳かなと言いますか。

年に一度しか開扉されない、厨子の扉。
その鑑真和上坐像の目の前に広がる光景です。



ここの縁側に、しばし座り、鑑真和上と同じ光景を眺めながら、
色々と考えていました。

中国でも有名であった高僧の鑑真が、
まさに命を懸けて渡日する意味。
仏教後進国の日本に対して、
命を懸けた意味とは。



僕はこのあたりの歴史に詳しくはなかったので、
後日、私たち日本人に鑑真を詳しく教えてくれると言っても過言ではない
井上靖さんの「天平の甍」を、
遅ればせながら初めて読みました。

鑑真和上、やはり凄いの一言です。

中国の当時の政権である唐の王朝から、
正式に認められた渡日ではなかったようです。
高僧の鑑真和上を、わざわざ日本に行かせる必要がない。
そもそも、無事に海を越えることができるかどうか、
行けるかどうかわからないので。

鑑真和上の弟子たちも、一部強く反対していました。
それでも、鑑真和上は、渡日してくれたのです。

僕のイメージでは、てっきり唐が認めた正式な渡日だと思っていましたので、
少し驚きました。
むしろ、鑑真和上が、依頼をしてきた日本の留学僧に応じて、
積極的に行動した結果なのです。
ますます、鑑真和上という方のことが、好きになりました。
けっして、上にイエスマン、と言う方ではなかったのです。

何度も、命を危険な目にさらしていました。
それでも、あきらめませんでした。
失明してもなお、あきらめませんでした。
その結果の、渡日です。



あきらめずに、鑑真和上の渡日をサポートした、
留学僧の普照にも、そして最も当初から積極的であった
留学僧の栄叡にも、感謝です。

「天平の甍」、名作です。
昭和39年の初版ですから、文章は少しとっつきにくいところもありますが、
それでも名作です。



唐招提寺の鴟尾。
「天平の甍」によると、
元々は、帰国に成功した普照に送られた物を、
使われた、とのこと。

事実かどうかは、さほど問題ではない。
そういうことを含めて、この唐招提寺には、
前向きな人間たちによる、
前向きのパワーが多く宿る地、
だと感じた。



縁側にいながら、色々考えてはいましたが、
でも、行き着くのは、感謝の気持ち。
目の前にあったのは、単なる彫刻かもしれませんが、
それでも、御礼を申し上げることが恥ずかしい、
という気持ちにはなりませんでした。
それだけ厳かであった、ということ。

こういう神妙な気持ち、そうは体験できるものではありません。
できれば、毎年でも行ってみたい、という気持ちにさせられました。
僕にとって、ここはパワースポットだと、思いました。




御影堂を後にしたのが、確か昼を回っていたと思いますが、
この頃には、行列は一切ありませんでした。
初日の午前中だけのようですね(笑)。


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