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“The Power of Landscape & Color”

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手で考え足で思う

以前、ルーシー・リーの記事で、ご紹介した
河井寛次郎。

ずっと読みたかった「手考足思」。
掲載されている『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』を、
やっと購入しました。











「手考足思」は、河井寛次郎の詩、
と言っていいと思います。
「民藝」昭和38年12月号に、掲載されたものです。

今読むのであれば、2006年に発行された
この『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』がいいかもしれません。
この文庫本では、新漢字新かな遣いで表記されているので、
オリジナルと違い、大変読みやすくなっているからです。

なお、この『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』では、他に
河井寛次郎の随筆や対談集も掲載されており、
文庫本サイズであって、且つ河井寛次郎を
簡単に知ることができる構成となっているような
印象を受けました。

「手考足思」は、文庫本で3ページ程度。
さっと読むことができる文量ではありますが、
僕にとっては、難解でした。
この詩を読んだだけでは、どういう意味なのか、
どういう意図だったのか、全くわかりませんでした。

楽しみにして読んだだけに、正直なところ、
少しがっかりしていました。
ところが、他に掲載されている対談集や随筆等を
少しずつ読み始めると、
その意味が少しずつ理解でき始めたような気になってきました。

河井寛次郎は、日常的な暮らしの中で使われてきた
手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、
活用するという「民芸運動」を展開した人。
河井寛次郎を理解するには、
“暮らし” “仕事” “美” “無名の座”
というキーワードが大きく関係しているような気がします。

これからこの『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』を読み、
少しでも「手考足思」を理解したいと思っています。
読み終わったら、自分なりの解釈というか、
“感じたこと”を、記事にしてみたい、
と考えています。



ところで話は変わりますが。

この詩で気になったのが、『こさえる』という言葉。
私の地方でも、お年寄りなどのご年配の方が
よく使われる言葉なので、てっきり方言かと思っていました。
河井寛次郎も、島根県の出身でしたから。

ところがネットで調べてみると、
『こさえる』とは、“「こしらえる」の俗な言い方”とのこと。
全国的な表現だったのですね。
勉強になりました(笑)。


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