citta' di colore

“The Power of Landscape & Color”

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人間。

昨日、私が準備をして、私が“事実上”主催した会議が、
無事に終了した。

この会議は、あるプロジェクトを実施するためのもの。
この会議を機に、このプロジェクトがスタートしたことになる。



このプロジェクトは、2年前に私が、
この職場に赴任した際、指示をされていたもの。
通常の業務とは別に、このプロジェクトを動かし、
成功させなければならなかった。

このプロジェクトを実施するに際し、
私の提案で、ワーキンググループを作ることになった。
このプロジェクトを、我が社のものだけとするのではなく、
同業他社にも参加を呼びかけ、
業界全体で完遂したい、という私の想いであった。

まずは、社内の関係者の説得を始めた。
ちょうど1年前に、関係者の了解を得ることができ、
それからは、同業他社の説明と説得を始めた。
途中、その必要性に懸念を示され、
早々と協力拒否を回答されることもあった。
そして、このたびやっと、半分程度の了承を
得ることができた。



ワーキンググループのリーダーには、
私がなるのではなく、ある大学の教授に、
依頼することにした。
その教授は、偶然にも私と同い年であった。
今回の趣旨を説明したところ、
快く賛同していただいた。
それどころか、積極的に提案までしていただいた。
私以上に、改善していこうという強い意志が見られ、
私にとって、とても心強い存在になった。



1月下旬からは、この準備のために
かなりの時間を費やすことになった。
職場を出る時間が、24時を超え、
深夜2時近くになることも、しばしばであった。



そして昨日。

会議は紛糾した。
互いの利害が対立し、まとまる気配が薄かった。
途中から、事務局である私が、
会議での議論に入り、
少しずつ議論が収斂されていき、
最後には、基本方針がまとまった。

これから、プロジェクトがスタートすることになる。
基本方針がどのようにまとまるかで、
このプロジェクトの成否が決まってくる。
そういう意味で、この日の会議における
私に対する職場の期待は大きかった。
そのことは、自分でもわかっていたので、
昨日の会議に、私はこだわった。

こだわる理由がもう一つある。
それは、今春、もしかしたら、
私が他の職場に異動するかもしれないから。
客観的に見ても、私が基本方針をまとめるほうが、
いいと思った。
だから異動の前に、私の手で基本方針をまとめたかった。

だから今、ホッとしている。










朝日新聞には、「be」という土曜版がある。
ここに、ユニクロの会長である柳井正氏のコラムが
毎週掲載されている。
なかなか興味深いのであるが、この日曜日のものは、
かなり参考になった。

テーマは、若くして管理職になった人間が、
勘違いしやすいことについてであった。
一つは、自分自身が成果を出せばいい、
と勘違いしていること。
もう一つは、正しい指示さえすれば、
人が動くと勘違いしていること。



組織である以上、一人が成果を出すよりも、
複数の人間が成果を出す方が、
メリットは大きい。
また、組織における成果とは、
一人で生み出されるわけではなく、
関係する人間の協力あって初めて、
成果は生み出される。
だから、自分で何でもできると錯覚を起こすことは、
組織にとっては迷惑な話である。



次に、人を動かすということである。
管理職にとって、これほど重要で、
且つ難しいテーマは無い。
これができるかどうかで、
管理職としての資質が問われることになる。


この点について、世代を問わず、
この国では大きく勘違いされていることがある。
それは、人を動かすには、“事なかれ主義”が一番だ、
という考えられていることである。
自分の言うことを聞いてほしいがために、
職場の仲間に嫌われないようにするため、
敢えて、積極的に指示をしないということである。

この国は、この考えが戦前から支配的であり、
このことは、戦前に日本の軍部が、
戦争に突入していった経緯について明らかにした
文献や報道で、立証済みである。
この“事なかれ主義”は、人を動かすというテーマの
論外である。
人を動かしたことにはなっていない。
ただ単に、周りの人が勝手に動いただけなのだから。


その人を動かすということ。
柳井氏は、人は理屈では動かないということを書いている。
人間は動物である。ロボットではない。
正しいことを言ったとしても、
それを聞き入れて従うのかどうかは、
感情を持った人間が、判断する話である。

こうやって書くと、何と世の中には、
ダメな人間が多いのだろうと思ってしまうところであるが、
こういうコラムが存在するということは、
如何にこの世の中は、こういうダメ人間で
構成されているということになる。
正しいことを聞き分けることができる人間は少なく、
それよりも感情で判断し動く人間が、圧倒的に多いのである。
柳井氏は、このことを、社会経験が少なく、
人間の本質というものを理解できていない若い管理職に対し、
伝えたことになる。

形を変えながら、何回も同じことを言い続ける必要がある。
そして、その過程の中で、
私はあなたのことを認めているということも、
あわせて伝えていく必要があるとのこと。



私は今、管理職のようなポジションで働いていることは、
これまでも記事にしている。
その中で、社会学のマックス・ウェーバーの著書
『職業としての政治』の一節を紹介しながら、
人間社会の中で、何かを成し遂げる場合には、
ゆっくり、じっくりと前に進んでいかなければならないことを、
書いている

人間社会には、理性的な人間は少ない。
とにかく、邪魔をされがちである。
このことは、昔も今も問わず、
このことには変わりが無い。

他人を認めることの難しさも、過去に記事にしている



柳井氏のコラムを読んで、ちょうど2日後にこの会議を開催する
僕にとっては、とてもタイムリーであった。
普段忘れがちになりそうなこのことを、
しっかりと胸に抱き、紛糾する会議を進行した。

現状維持を主張する出席者に対しては、
改善の必要性について、
形を変えながら、繰り返し、説明を行った。
けっして、私の主観や想いだけによるものでないことを、
形を変えながら、繰り返し説明を行った。

プロジェクトを遂行するにあたり、
労働時間が増えることに懸念を示す出席者に対しては、
無理の無い、持続可能な労働環境の中で行うものであることについて、
形を変えながら、繰り返し、説明を行った。

そうこうしているうちに、出席者全員から賛同を得られることになった。
ワーキンググループのメンバー全員に、感謝である。

そして。

私は、柳井氏とマックス・ウェーバーにも、
御礼を言わねばならない。

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